馬脚現した習近平南京虐殺の捏造がついに暴かれ始めた

【中国】ついに馬脚現した習近平、歴史歪曲が白日の下に 南京虐殺の捏造がついに暴かれ始めた[11/14]
http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1479073471/

1 名前:ねこ名無し ★

中国・江蘇省南京市の「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」で行われた追悼式〔AFPBB News〕
 中国は日本の反対を押し切って、「南京大虐殺」をユネスコ(国連教育科学文化機関)の「世界の記憶」(記憶遺産)に登録した。日本では南京で大虐殺があったと主張する人から、違法行為はあったが虐殺と言われるようなものはなかったと主張する人までいる。
 ナチス・ドイツがユダヤ人を大量虐殺(ホロコースト)した非人道行為は、第2次世界大戦中に起きたが戦争とは直接関係ない犯罪である。そこで敗戦ドイツを裁くニュールンベルグ裁判では、従来の戦争犯罪の範疇になかった「人道に対する罪」を新たに設けて裁いた。
 大東亜戦争においてホロコーストに匹敵する犯罪行為は、日本の敗戦が濃厚になった段階で、米国が行った無差別都市爆撃と原爆投下で約40万人もの日本市民を殺戮したことであろう。
 公平な裁判であるならば、米国が被告席に並んで宣告されるべき「人道に対する罪」である。しかし、米国は裁判官席に並んで自国の大殺戮を相殺するためか、日本が南京攻略戦で大虐殺を行い「人道に対する罪」を犯したとして日本を裁いたのである。
 南京事件当時、中国国民党に関わる在中の米国人記者や宣教師たちは、日本軍が大虐殺を行っているかのような宣伝工作に注力した。
 しかし、南京城内で市民の保護に当たった国際委員会(ドイツ人ジョン・ラーベ委員長)が抗議した日本軍の非行は、殺人49件、傷害44件、強姦361件、連行390件、掠奪その他170件ほどであった。
 中国にいた米国外交官などが帰国後、実見した現実(大虐殺はなく宣伝は歪められている等の主張)を米国民に訴えたが、ルーズベルト大統領によって戦争遂行を妨害するものとして拘束される状況であった。
「大虐殺」とは何か
 そもそも、大虐殺とは何かが問題である。
 広辞苑には「惨たらしい手段で殺すこと」と書かれている。国連が1948年に議決したジェノサイド条約(通称)では、「集団虐殺罪とは、国民的、人種的、民族的、宗教的な集団の全部または一部を破壊する目的をもって次の行為を行うものをいう。
(1)集団の構成員を殺害すること
(2)集団殺害の共同謀議
(3)集団殺害の直接かつ公然の教唆
(4)集団殺害の未遂(など)
 この定義に当てはまる第2次世界大戦中の事象は、先に挙げたナチスによる600万人ホロコーストであり、米国の無差別都市爆撃・原爆投下による40万人殺戮、米英のドレスデン爆撃による15万人死傷、ならびにソ連軍がポーランド将兵4400人を鏖殺したカチンの森事件などであろう。
 その他の大量殺人となれば、毛沢東の大躍進時の2200万人殺害・餓死、文化大革命時の2000万人殺害、ソ連革命時の2000万人粛清、カンボジアのポルポト政権時の200万人殺害(以上、『正論』2016年4月号、その他)などであろう。
 なお、1989年に起きた天安門事件では学生らの民主化要求を人民解放軍が戦車で轢き殺すなどの武力弾圧を行い、解禁された米国の秘密文書によると死傷者4万人以上、うち死者は1万454人(『WiLL』2016年7月)とされる。
 南京事件に先立つ4か月余前、北京東方の親日政権があった通州で、日本人居留区の385人(民間人)が居留区を警備していた中国保安隊と暴民に突如襲われ、掠奪・暴行されたうえに婦女子を含む223人が惨殺される事件(通州事件)が起きた。
 中国人に嫁した日本人女性が現場の近くにいて一部始終を目撃していた(藤岡信勝編著『通州事件?目撃者の証言』)。
 本人は日本人が惨殺される状況を見るに忍び難く、声を出そう、助けに行こうと葛藤するが、夫に日本語を喋るな、隠れているようにと厳命され、状況を見届ける以外になかったと悔やむ。
 その証言は現場にいたものしか語れない、また日本人ではあり得ない惨たらしさに満ちている。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48368
(>>2以降に続く)

2 名前:ねこ名無し ★
(>>1の続き)
 以上の例示のように、戦闘行為に関わる兵士などではなく、一般市民の殺戮は文句なしに虐殺と言えよう。他方で、捕虜の資格を喪失した便衣兵や反乱した捕虜などへの対処で起きる殺傷は、戦闘行為の一環とみるべきであり、虐殺とは言い難いのではないだろうか。
朝日新聞が広めた南京大虐殺
 南京では戦闘はあったがラーベが抗議したように「虐殺」と言われるほどのことはなかったので、時の流れとともに忘れられていった。
 ところが、「虐殺の被害者が忘れようとすることは自由だ、しかし虐殺した側の国民が忘れることは、犯罪の上塗りにほかならぬ」(本多勝一『中国の旅』)として、朝日新聞の本多記者が「戦争中の中国における日本軍の行動を、中国側の視点から明らかにする」(同上)という訪中目的で入国を許され、1971年6月から7月にかけ取材する。
 そのルポルタージュが帰国約1か月後から4か月間にわたって朝日新聞に連載され、大きな反響を呼ぶ。
 当時現地で戦った10万人超の軍人、200人を超える日本の新聞社・通信社の報道陣、数十人の日本人作家や画家、そして外交官、さらに民間人は戦闘が行われてから約8年後の東京裁判で初めて「その事実」を知り、疑心暗鬼にとらわれていたが、本多記者のルポに改めて驚かされる。
 事件に関わった日本人関係者が異議申し立てをしても、本多氏は「中国側の視点」での聞き書きであり、相手が話したことを忠実に書いただけであるとして、ごく一部の訂正を除き、事実の確認に努力したとは思われない。
 いずれにしても、この新聞連載が南京大虐殺論議の発火点となり、日本国家と日本人の頭上に重くのしかかることになる。
 本多氏は新聞だけでなく、「朝日ジャーナル」や「週刊朝日」でも連載し、写真の一部は「アサヒグラフ」でも発表する。
 これらのルポは単行本『中国の旅』に纏められ、翌年に出版される。朝日新聞社がいかに全力投球して南京事件を「南京大虐殺」に作り上げていったかが分かる。
 下調べをして疑問点や問題点を見つけて、現地で確認するのではなく、真偽を問わずにただ至る所で虐殺があったという中国の主張は、東京裁判による自虐史観に取りつかれた日本人学者たちを勢いづけることになる。
 中国にとっては日本のクオリティ紙からお墨つきをもらったようなものであったろう。
 爾来、日本では大虐殺派(30万人以上)、まぼろし派(虐殺はなかったと主張)、その中間派(数万人虐殺)と大きく3つに分かれて論争が行われてきた。
 その後発掘された資料からは、先述のように国民党の宣伝工作によって拡大喧伝されたことが明らかになり、虐殺派の主張はトーンダウンしている状況である。
 筆者は、戦闘行為に付随した捕虜の反乱鎮圧など、派生的に発生したものは基本的に虐殺ではないという視点に立っており、その視点からは30万人はおろか、数万人の虐殺もなく、まぼろし派の立場である。
 南京攻略戦に参加した将兵や多数の記者などの誰一人として「大虐殺」を語った者はいない。現地で視認していなかったのであるから当然であろう。東京裁判で初めて「南京大虐殺」を聞き、唖然とするわけである。
本多氏は煽動家
 本多氏がジャーナリストであるならば、戦時中は語られることもなく、東京裁判で突然語られ始めた南京事案については大きな疑問がもたれていたわけで、中国の言い分をただ聞き書きして新聞紙上に発表するだけでは無責任の誹りを免れないであろう。
 氏が中国をルポした1970年代初めは、上記軍人や記者などもまだ多くが生存し、記憶もしっかりしていたに違いない(阿羅健一氏は80年代中期に、軍人や記者、外交官など48人の証言集を上梓している)。
 1970年代初期のルポ、そして直後に加筆して出版された単行本『中国の旅』が先導役となり、その後大虐殺を主張する本が次々に出版され、中国の主張を後押しすることになる。
 当時は日本の新聞社として朝日新聞しか中国に駐在を許されていなかった。そうした中で、中国側の視点から日本軍の行動を明らかにすることは中国にとっては願ってもない「大虐殺」流布の好機であり、「飛んで火にいる夏の虫」に、中国共産党が国家ぐるみで最大限の便宜を図ったことは言うまでもない。
 1980年代に入ると中国人民政治協商会議江蘇省南京市委員会文史資料研究委員会編の『史料選輯(侵華日軍南京大屠殺史料専輯)第四輯』が出版され、日本では(南京市文史資料研究会)『証言・南京大虐殺』として翻訳される。
(続く)

3 名前:ねこ名無し ★
(続き)
 続いて、大虐殺関連の写真集『侵華日軍南京大屠殺照片集』が中国で出版され、日本では朝日新聞社が『南京への道』(本多著)や『南京大虐殺の現場へ』(本多・洞富雄・藤原彰共著)を相次いで上梓する。
 このように大虐殺に関する書の出版が続き、また南京戦直後に出版されたティンパーリ編『外国人の見た日本軍の暴行』も復刻され、1990年代中期以降の中国系米国人アイリス・チャンの『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』へとつながり、世界的ベストセラーとなって日本を窮地に追い込んでいく。
 中国は勝ち誇ったかのように、日本に対して「正しい歴史認識」を迫り、大虐殺の記念館が中国のあちこちに建てられていく。
 本多氏は「一連の南京大虐殺キャンペーンが中国共産党に評価され、2006年9月24日、南京大屠殺記念館(南京市)から『特別貢献賞』を授与された」(田中正明『「南京事件」の総括』)のである。
 30万人であれ、数万人であれ、南京市民を虐殺したのであれば、日本と日本軍人が汚名を着せられても致し方ない。しかし、本当にそうした虐殺行為が起きたのだろうか。
記者や軍人たちの証言
 「南京事件など無かったと思います」(記者として、後に軍人として参加した山本治氏)、「大虐殺とは言うが、私は見ていないので証言できない」(隠しているんじゃないかと疑う人もいるという足立和雄氏)、「南京虐殺については記憶がない」(体よく忘れたと見る人もいると語る橋本登美三郎氏)。
 これは、昭和59年から61年にかけて、阿羅健一氏がインタビューした軍人、新聞社・通信社記者、外交官など48人の大方の証言である(『南京事件日本人48人の証言』)。
 毎日新聞と朝日新聞、そして同盟通信は、それぞれ記者など約50人を南京に派遣している。3社で150人の報道体制である。外国人記者も5~6人いたし、外交官や日本人作家・画家なども数十名おり、言論をもって生きていた人間が約200人いたことになる。
 その誰一人として「虐殺」を語った者はいない。あちこちで1人や2人の遺体を見たり、揚子江縁では数百人(数千人という人もいる)の死体があったという人もいる。しかし、死体を見たというほとんどの者が、戦争中の出来事であって、虐殺などと考えたことはなかったと証言する。
 当時南京にいた関係者は外国語新聞や東京裁判で初めて「虐殺」を聞き、現地を隈なく巡回した者たちも「寝耳に水」に驚いたという。インタビュアーから、「虐殺を見なかったのですか」と、しつこく聞かれて、「そういえば、あれが虐殺だったんでしょうか」と逆に聞き返してくる返事ばかりである。
 外国語新聞は南京にいた米国人宣教師や国民党宣伝処の嘱託などで働いていた人物による報道などが基になっている。彼らは布教活動に対する米国からの資金援助が減り続けるため、米国内での寄付などをもっと多く募る目的で、日本軍の悪行を宣伝する必要があったとも言われる。
 記者たちよりももっと多くいて、実戦を戦ったのが将兵たちである。個々の兵士は限られた地域しか見ていないだろうが、部隊指揮官ともなれば、責任地域で何が起きているかを掌握している。
 掌握しなければ、次の行動がとれない。万を数えていた兵士の誰もが虐殺の報告を挙げていないし、小部隊の指揮官から連隊長、師団長も虐殺事案の報告を受けていない。
 虐殺事件の現場ともされる安全区(避難区)には同盟通信が支局を開設していた。その支局に事件があったとされる時期に出入りしていた記者さえ、虐殺を見たこともなければ、同僚記者など約50人の誰からも聞いたことがないという。
 ただ、米国からの逆ニュースで、南京で虐殺事件が起きたようだと知ったという。宣教師たちが捏造した情報が逆に南京にもたらされていたのである。
 安全区を設定したドイツ人ジョン・ラーベ(委員長)は、「貴下の砲撃隊が安全区を砲撃されなかったという美挙に対して、(中略)感謝の意を表するものであります」という書簡を日本軍に送っている。
 当時、南京の全市民が安全区に集結して国際委員会の管理下にあったわけであるから、安全区が安泰ということは、南京全市民が安泰であったということである。国際委員会が抗議したように、若干の殺人・強盗、強姦等はあったが、市民の「虐殺」というほどのことはなかったということである。
習発言の嘘を暴いたスクープ
 平成28年8月31日付産経新聞は驚くべき事実をスクープした。その報道概略は以下の通りである。
(続く)

4 名前:ねこ名無し ★
(続き)
 2015年10月訪英した習近平主席は、エリザベス女王主催の公式晩餐会で英国人のジョージ・ホッグ氏を取り上げて、「第2次大戦の際、記者として侵略者日本の残虐行為を暴く記事を発表した」と、南京大虐殺を実見した記者として、これほど称賛するにふさわしい人物はいないと紹介したそうである。
 中国は2008年にドイツなどとの合作で、赤十字職員と偽って南京に入り、中国市民を殺害する日本兵を撮影するホッグ氏を主人公にした映画を製作した。ホッグ氏は日本兵に見つかり処刑される寸前、中国共産党の軍人に助けられるというストーリーだそうである。
 ところが、映画の原作となった本を書いた英タイムズ紙記者ジェームズ・マクマナス氏は、ホッグ氏の中国入りは南京事件が起きたとされる1937年12月ではなく翌38年2月で、しかも上海に入り、南京には行っていないということで、「映画は脚色され、事実ではない」と証言している。
 実際、産経新聞は、ホッグ氏が務めたとされる新聞に署名記事がないこと、また通信社には署名記事があるが紀行文などで、「日本軍の虐殺行為を暴いた署名記事は見つからなかった」ことを確認したと報じている。
 ホッグ氏は孤児施設で教師を務め、国民党政府軍が孤児たちを徴兵しようとしたときは、孤児60人を連れてモンゴル国境まで移動し、戦果から子供たちを守ったとして、「中国版シンドラー」と評されているそうである。
 いずれにしても、中国の国家主席がエリザベス英国女王主催の公式の席上で語った「日本の残虐行為を暴いた記事」はあり得ない、全くのでっち上げであったということである。何としても日本の犯罪にしたい意図が先にあって創出された映画ということであろう。
 同紙、平成28年10月23日付のコラム「編集局から」によると、中国側の公式戦史集である『抗日戦争正面戦場』(1987年版)の南京攻略前後を丁寧に読み込むと、「相互に撃ち合うこともあった」「船の用意がなく、やむなく筏にしたが溺死するものが多かった」などの記述はあるが、南京虐殺は出てこないし、撤退する中国軍の惨状が描かれていたという。
 貧富の格差拡大や言論封殺などに反発して、共産党指導部に向かいかねない人民のエネルギーを外部の日本に向けて発散させるためでもあろうが、日本を犯罪国家として世界に喧伝したい意思を見せてき中国であるが、ここにきて綻びが出てきたというのは言いすぎであろうか。
おわりに
 本多氏は「中国人が千何百万人も殺されたというような事実を、一般の日本人は噂ていどに、抽象的にしか知らず」と書き、「(米国はソンミ事件などを報道したが)日本の報道がそのようではなかったこと、26年過ぎてもまだそのままになっていることは事実である。ソンミ事件の報道に感嘆するよりは、実践したほうがよい」(『中国の旅』)と書く。
 百人斬りをはじめ南京大虐殺には、当時すでに疑問符がつけられていた。それにもかかわらず、中国の説明を真に受け、〝疑問の余地なく日本は大罪を犯したのだから、ちゃんと報道せよ″と本多氏は日本に迫り、中国を焚き付け、世界に流布する要因をつくった。
 朝日新聞の立ち位置からくることでもあろうが、検証を伴わない報道はジャーナリズムとは言えないだろうし、記者はジャーナリスト意識を欠落したものと言えないだろうか。
 今や、国家を代表する習近平主席の発言にさえ疑問が呈されてきた。いよいよ「南京大虐殺」という欺瞞のベールが剥がされ、「存在しなかった『大虐殺』」が白日の下に照らし出され始めたということではないだろうか。
森 清勇
星槎大学非常勤講師
防衛大学校卒(6期、陸上)、京都大学大学院修士課程修了(核融合専攻)、米陸軍武器学校上級課程留学、陸幕調査部調査3班長、方面武器隊長(東北方面隊)、北海道地区補給処副処長、平成6年陸将補で退官。
その後、(株)日本製鋼所顧問で10年間勤務、現在・星槎大学非常勤講師。
(おわり)

5 名前:COOLな名無しさん投稿日:
>>1
>朝日新聞が広めた南京大虐殺
ここでも朝日新聞かい。
こうなれば、朝日新聞は、社全体を「国家反逆罪」で罰するべきだろう。
国会議員よ、動け。

6 名前:COOLな名無しさん投稿日:
>>1
> しかし、南京城内で市民の保護に当たった国際委員会(ドイツ人ジョン・ラーベ委員長)が抗議した日本軍の非行は、殺人49件、傷害44件、強姦361件、連行390件、掠奪その他170件ほどであった。
皇軍としてはちょっと堂々とはできない印象
大虐殺とはいえないにしろ事実への反省は必要だ

7 名前:COOLな名無しさん投稿日:
>>6
この程度で後ろめたいなら
ヨーロッパ戦線の都市戦とか無茶苦茶ですがな
日本軍は良くも悪くも真面目すぎたな

8 名前:COOLな名無しさん投稿日:
>>1
21世紀になり16年目だが現在でも報道されていないがシナ人の
農民籍の命は安いのが現実だからな。
自治区にいたっては虫や野生動物と同じレベルで扱われることもある。
南京虐殺が捏造でありシナ人の暴挙が実態なのは現代のシナ人の素行
を理解出来れば中卒ぐらいでも想像するにたやすい。

9 名前:COOLな名無しさん投稿日:
>>3-4
2016/08/31
【歴史】習近平氏が「日本の暴行暴いた」と称賛した英国人記者 「南京事件」の現場に居合せず 在職記録もなし [08/31]©2ch.net
http://karma.2ch.net/test/read.cgi/seijinewsplus/1472626871/

10 名前:COOLな名無しさん投稿日:
本多勝一が糾弾されないのは異常。
コイツのしたことは吉田偽証発言と何ら変わらない。

11 名前:COOLな名無しさん投稿日:
中華の基本性能では占領地での略奪暴行を行わない軍隊なんぞ理解できないってことだな

12 名前:COOLな名無しさん投稿日:
南京大虐殺なんてなかった。
http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/nankingmj.htm

13 名前:COOLな名無しさん投稿日:
朝日新聞の社員は家族も含めてみんな死ねばいいのにな

14 名前:COOLな名無しさん投稿日:
犯人は国民党。(゚Д゚)ノ
http://ameblo.jp/daily-china/entry-11415804641.html

15 名前:COOLな名無しさん投稿日:
南京陥落時の動画。
http://mizuma-matome.seesaa.net/article/269784056.html

16 名前:COOLな名無しさん投稿日:
朝日新聞の罪は重い。

17 名前:COOLな名無しさん投稿日:
>>16
朝日や毎日に金を払って購読する日本人が悪いんだよね

18 名前:COOLな名無しさん投稿日:
最初に捏造したのは国民党だろ

19 名前:COOLな名無しさん投稿日:
黄河決壊事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E6%B2%B3%E6%B1%BA%E5%A3%8A%E4%BA%8B%E4%BB%B6
黄河決壊事件(こうがけっかいじけん)は日中戦争初期の1938年6月に中国国民党軍が日本軍の進撃を止める目的で起こした黄河の氾濫である。
6月7日には中牟付近で爆破が行われたが、この作業は失敗し、場所を花園口(zh)に変更して作業が進められ、6月9日午前9時に作業が終了し黄河の水は堤防の外に流出した。氾濫は河南省・安徽省・江蘇省にまたがる54,000平方kmの領域に及んだ。(※九州=42,190平方km)
水没範囲は11都市と4,000の村に及び、3省の農地が農作物ごと破壊され、水死者は100万人、被害者は600万人と言われるが被害の程度については諸説ある。

20 名前:COOLな名無しさん投稿日:
当時の南京の様子。
http://www.liveleak.com/view?i=fda_1450965990

21 名前:COOLな名無しさん投稿日:
田辺誠よ、国民に対して謝罪を!:イザ!
この田辺書記長は、1985年の中曽根首相の靖国神社公式参拝に際しても、わざわざ北京まで行って胡耀邦総書記に『 なんでもっと怒らないのか! 』と抗議した。
それでも民主改革派で経済重視派だった胡耀邦総書記は、中曽根首相の靖国参拝に対して抑制的だった。
すると田辺書記長は旧満州に行き、そこで更に煽った。
その結果、『 靖国参拝反対 』が中国全土に広がり、胡耀邦は政治生命が危うくなった。
『 胡耀邦が危ないぞ 』というので、中曽根首相は翌年から靖国参拝をやめた。(中略)
それ以来、今日に至るまで、中共政府は『 我が国首相の靖国参拝を非難する 』ようになった。
首相の靖国参拝を何度も記事にして国内で問題化したのは朝日新聞だが
それをわざわざ中国に行って煽ったのが社会党の田辺書記長だった
田邉誠と言えば、こういう話もありますね。
「南京虐殺記念館は、1982年に元日本社会党・田邊誠委員長が、総評から3000万円の金を持ってきて、造れ造れと勧めるので造った。そのとき870万円しかかからなかったので、残りは皆で分けた。設計も日本人」
それまで彼らは南京虐殺なんか興味も関心もなかったらしい。
田邉が生きてるうちに証人喚問できないんでしょうかね。
       ∧_∧   。
      (  ´∀`) / <  誰が火を着けたかわかりますね みなさん
      (つ  つ
     | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
     |          |
     |          |
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
昭和39年、社会党の佐々木更三委員長が毛沢東主席に
「中国国民に多大の損害をもたらして申し訳ない」と挨拶すると、
毛沢東主席は言った。
「何も申し訳なく思うことはありませんよ、日本軍国主義は
中国に大きな利権をもたらしました。
中国国民に権利を奪取させてくれたではないですか、皆さん、
皇軍の力なしには我々が権利を奪うことは不可能だったでしょう」
昭和52年10月7日にトウ小平主席は言った。
「毛主席は、常々過去のことは水に流そうと言われた。
しかも実際は、日本が中国を助けたことになっている。
日本が蒋介石を重慶まで押し下げて呉れたので、
我々は日本軍の占領地域の後方に広がった。
そして八年間に三万から百二十万に迄増えたし、
さらに数百万の民兵まで作った。
我々は、百二十万を以て三年間で蒋介石軍を打ち破った。
それゆえ皆さんだけを責めるのは不公平だと思う。」
反日は、中国共産党幹部のバカ息子の会の太子党(習近平等
)が自分達の腐敗や貧富の格差をごまかす為にやっている!!

22 名前:COOLな名無しさん投稿日:
最近の中国人はどう思っているのか。朝鮮人部隊の仕業・・・

23 名前:COOLな名無しさん投稿日:
中国はいま抗日戦勝記念行事で燃え上がっている。しかし中国建国の父、毛沢東は、抗日戦争勝利記念行事を一度も行ったことがない。建国以来の推移を見れば、習近平政権の異様さが際立ってくるだろう。
1950年代における抗日戦勝日の行動
中国(中華人民共和国)が1949年10月1日に誕生すると、
その年の12月23日に中央人民政府政務院(現在の国務院に相当)が
抗日戦争勝利記念日を8月15日にしようと決定した。
しかし実際には実行されておらず、
1951年に8月13日に、記念日を「9月3日」にすると、文書上で決めた。
毛沢東はそれにも従わず、9月2日にソ連のスターリンに祝電を送ることだけしかやっていない。
中共中央文献研究室が編集し、中央文献出版社から出版した『毛沢東年譜』に基づいて、
9月2日前後に、毛沢東がどのような行動を取ったか、
また抗日戦勝日記念行事を行ったか否かを、以下に記す。
以下、全文はソースで
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/08/post-3859.php

24 名前:COOLな名無しさん投稿日:
支那事変は、日本が大陸に進んで侵略戦争を仕掛けたものでなく、中共軍
が蒋介石軍と日本軍を戦わすために、次々に各地で日本人殺傷のゲリラ
事件を起こし、その鎮圧のために、日本軍が大陸に進駐せざるを得なく
なったからです。
もともとは中国大陸の内戦でした。ソ連をバックにした毛沢東率いる中共軍
とアメリカの支援を受けている蒋介石の国民党軍の権力闘争でした。
常に劣勢であった毛沢東軍は蒋介石軍と日本軍を戦わして弱体化させ遂に
蒋介石軍を台湾に追いやり勝利しました。
ということは9月3日の「抗日戦争勝利記念行事」は筋が通りません。毛沢
東が作った現代中国は日本とはほとんど戦っていません「抗蒋介石戦争
勝利記念行事」なら筋は通ります。その上日本軍も蒋介石軍には一度も
敗退したことはありません。
アメリカは蔣介石を支援して日本と対決させ、そして日露戦争の復讐に燃え
るソ連は中共軍のバックにつき日本を中国内戦に引きずり込みました。
これが支那事変の歴史的背景です。
我々日本人は隣に住んでいる中国人がいかに残忍で、また大嘘つきで
自分たちの罪を平気で他人に擦りつける民族であること、そして日本人の
理解をはるかに超えた野獣人であることを肝に銘じなければなりません。
南京市の人口は、日本軍の南京への攻撃開始前に約20万人でした。20万人
しかいない所で、どうやって30万人を殺せるのですか?しかも日本軍の
南京占領後、南京市民の多くは平和が回復した南京に戻ってきて、1ヶ月
後に人口は25万人に増えています。もし虐殺があったのなら、人々は
日本占領下の南京に戻ってきたりするはずもありません。
当時の中国市民は自国民である中国兵を恐れ嫌っていました。日本兵の
いるところが一番安全であると信頼していたのです。敗戦後日本軍が惜しま
れながら去った、日本軍の後にどんな軍閥、野党軍団が来るかも知れず、
日本軍が去るのを不安な気持ちで見送った中国市民の気持ちがわかります。
このように日本人の伝統は中国には100%もなb「遵法精神と規覧・があり、
武士道が日本軍隊の精神的支えとなっていました。
ところが絶対許せないことに戦後の教育で、日本軍が中国で、暴虐、非道
の限りを尽くしたという虚偽を左翼先生たちは子供たちに教えてきたので
す。この先生たちは本当に日本人だろうか?
まだ中国や韓国のように自国を良く見せるために、数々の悪事を隠し、歴史
を捏造するのは少しは理解できますが、日本のように良いことを隠し、全く
してもいない悪事の罪を着せるなど私には信じられないことです。

25 名前:COOLな名無しさん投稿日:
日本人の敵 朝日新聞

26 名前:COOLな名無しさん投稿日:
第二次世界大戦当時、亜細亜は、ほぼ全域、タイと日本を除いて白人の植民地であった。
白人の力が世界を支配し、有色人種に人権が存在しない時代に
大日本帝国は有色人種国家として唯一強大であり、最後の砦だった。
1919年、日本は国連にて「人種的差別撤廃」を世界初提案するが、否決される。
1941年になり、ABCD包囲網を敷かれ、アメリカにハルノートを突きつけられると、 追い詰められた日本は「亜細亜の解放」を大義に掲げ、打って出た。
而して大日本帝国は、イギリス軍、オランダ軍等を打ち破り、
対アメリカ戦と言う戦術レベルでこそ敗れたが、
亜細亜を白人支配から解放するという戦争目的を達成したのである。
結果、欧米列強は持っていた植民地のほぼ全てを失った。
日本が先の大戦を戦わなければ、現代人は白人の奴隷となったであろう。
大日本帝国こそは、亜細亜を解放したのです
■イギリス
◎アーノルド・J・トインビー 歴史学者
「第2次大戦において、日本人は日本のためというよりも、
むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したといわねばならない。
その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。
日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去200年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。」
(1956年10月28日/英紙「オブザーバーL)
■タイ
◎ククリット・プラモード 元首相
日本のおかげで、アジアの諸国は全て独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、 生まれた子供はすくすくと育っている。 今日、東南アジア諸国民が、アメリカやイギリスと対等に話ができるのは、日本のお陰です

27 名前:COOLな名無しさん投稿日:
●ラフカディオ・ハーン(イギリス文学者、1850~1904)
「日本と比較すると、西欧は未開にしか見えない。」
●ペリー(米国提督、1794~1858)
「日本の婦人は中国とは異なり、知識に優れ、芸能と文学にも造詣が深い。」
●イザベラ・バード・ビショップ(英国女流旅行者、1831~1904)
「日本国民と比較して、英国の国民が劣ってていないことを願う。
しかし、残念ながら実際はそうではない。」
●セオドア・ルーズベルト(米国26代大統領、1858~1919)※「Not32代ルーズベルト」
「日本武士道の高尚な思想は、私たち米国人が学ばなければならない。」
●ジャワハルラール・ネルー(インドの首相、1889~1964年)
「私は今でも日本の(対露)勝利がもたらした感動をとても大事にしている」
●サミュエル・P・ハンティントン(政治学者前ハーバード大教授)
「世界で唯一日本が、一国で一大文明を遂げた」
●ティ・サイ(前インド弁護士会会長)
「インドの独立は日本のおかげで30年はやくなった。この恵みを忘れてはならない」
●バ・モウ(前ミャンマー首相)
「我々を白人の支配から救ってくれたのは日本だ。
日本ほどアジアに貢献した国はない。
日本ほど誤解されている国もない」
●シャプエ(前マレーシア外相)
「日本がなかったら、東南アジアの独立はなかった。
日本が見せてくれた高貴な犠牲を否定するのは『バックミラー』だけを見ているのと同じことだ」
●シャルル・ド・ゴール(フランス大統領、1890~1970年)
「(日本による)シンガポール陥落は、白人植民地主義の歴史に終焉をもたらした。」
●アビディン(マレーシアの歴史家)
「日本軍政は、マレーシア人にとっては、独立の種を蒔いて成長させてくれたものだ。」
●ナセル(エジプトの2代大統領)
「(第3次中東戦争の惨敗後)アジアには日本があった。しかし、アラブには日本がない。」

28 名前:COOLな名無しさん投稿日:
アジアの諸国民はなぜ、日本が自由になることを切望し
ているのか、それは、アジア諸国民と日本との長きにわた
る結びつきのゆえであり、また、植民地として従属的地位
にあったアジア諸国民が、日本に対して抱いている深い尊
敬のゆえである。往事、アジア諸民族の中で、日本のみが
協力かつ自由であって、アジア諸民族は日本を守護者かつ
友邦として、仰ぎ見た。私は前大戦中のいろいろな出来事
を思い出せるが、当時、アジア共栄のスローガンは、従属
諸民族に強く訴えるものがあり、ビルマ、インド、インド
ネシアの指導者たちの中には、最愛の祖国が解放されるこ
とを希望して、日本に協力した者がいたのである。
よってセイロンは日本に賠償を求めない、とジャヤワルダナ
蔵相はサンフランシスコ講和会議で述べた。同様の趣旨でイン
ド、ラオス、カンボジアなどが賠償請求権を放棄した。
【アジア諸国(中韓除く)の反応】
★シンガポール リー元首相:
「靖国問題も中国が心理的なプレッシャーをかけているだけ」
★台湾、李登輝前総統:
「国のために命を亡くした英霊をお参りするのは当たり前の事。
外国が口を差し挟むべきことではない」
★台湾、陳総統:
「中国の反発に負けずに靖国参拝をする首相を評価」
★カンボジア:フン・セン首相:
「戦没者の霊を弔うことは当然のこと」小泉首相の靖国参拝に理解
★インドネシア:ユドヨノ大統領:
「国のために戦った兵士のためにお参り、当然」靖国参拝に理解
★ベトナム:
「我々は中国や韓国のような卑怯な外交手法をとるつもりはない」
★オーストラリア・マレーシア・タイ・フィリピン:
「私たちはまったく問題ではない。問題にするのは中国だけ」
★パラオ、レメンゲサウ大統領:すべての人のために祈るのは正しい事

29 名前:COOLな名無しさん投稿日:
南京大虐殺なんてシナのでっち上げと何度言ったらわかるんだ
シナ畜が日本の民間人を大量虐殺した通州事件をそっくりすり替えただけだろ

30 名前:COOLな名無しさん投稿日:
また朝日新聞か、もうほんとこいつら
今日も何食わぬ顔してご出勤してるのかと思うと、日本を貶めて食う飯はそんなに旨いのかと嫌味を言いたくなるわ

31 名前:COOLな名無しさん投稿日:
靖国南京慰安婦
全部朝日だ全部

32 名前:COOLな名無しさん投稿日:
>>31
朝日が仕込み、毎日が煽る。
いつもこのパターン。

33 名前:COOLな名無しさん投稿日:
強姦やっていたのはBC級戦犯として処理された朝鮮系日本兵だったけどね。

34 名前:COOLな名無しさん投稿日:
本多氏の著書をジャーナリスト入門・心得として育った著名人の多さといったら

35 名前:COOLな名無しさん投稿日:
>>34
ある意味バイブルだろ、でっち上げで稼ぐ為の

36 名前:COOLな名無しさん投稿日:
朝日は中国共産党の宣伝機関

37 名前:COOLな名無しさん投稿日:
朝(鮮毎)日新聞=ちょうにちしんぶん、だからな

38 名前:COOLな名無しさん投稿日:
朝日を潰せないこの国はおかしい
不買運動を徹底していこう
朝日を読んでる奴は、非常識だ!

39 名前:COOLな名無しさん投稿日:
日本人はお人好しの馬鹿の集団
少数の賢い方々が頑張ってはいるがそれでは勝てない
これからの若者がどれだけやれるかに掛かっているが
絶望的にしかみえないwww

40 名前:COOLな名無しさん投稿日:
本多勝一
元アサヒ新聞記者 記者時代に「中国の旅」でほとんど証拠も無いのに
伝聞で日本軍による南京大虐殺をデッチ上げた張本人。
「週刊金曜日」などでもその左寄りの思考により、実証と論理を無視
した反日キャンペーンを展開した。
生まれは長野県下伊那郡ということであるが、生年は著書によって
1931年(昭和6年)、1932年(昭和7年)、1933年(昭和8年)の3通りを
記しており、自分の生年が確かでないというおかしな自称日本人。
というか、おそらく朝鮮人の成りすましであろう。

41 名前:COOLな名無しさん投稿日:
本多は国家反逆罪で逮捕されるべき

42 名前:COOLな名無しさん投稿日:
南京大虐殺の初出は国民党軍による軍事裁判だよ
アメリカ主導の東京裁判では、中国の主張する南京事件そのものは否定されているし

43 名前:COOLな名無しさん投稿日:
ま、南京だの慰安婦だのと喚き騒いでいるが、大したことはないよ戦時中のことなら。
世界を観てみろよ
ドイツでは共に数千万人の死者がでているし、ナチスも数百万人のユダヤ人をこれは虐殺している。
毛沢東は蒋介石との内戦と文化大革命で数千万人をこれは殺害している。
虐殺と殺害は違う。
南京での日本軍は戦闘の過程で数万人規模を戦闘等で殺害していることは事実。
だが、国際法に抵触するかどうかの検証はなされていない。
GHQの東京裁判で日本をヒール役に陥れて仕立てたい当時のアメリカ政府の策ででっち上げられた捏造だろう。
分かっていながら利用した中国政府、これも慰安婦問題と同様に、日本の左翼から始まったことを
我々日本人は確認しておくべきだ。その中心にいたマスメディアが、あの朝日新聞だということだ。

44 名前:COOLな名無しさん投稿日:
どんな軍隊でも進駐先で現地市民を虐殺するメリットは何もない。
無用な反発を招くだけであり、初めから民族浄化の意志でもない限りやらない。
日本軍は国民党軍と戦っていたが、中国市民が憎くて戦ってたわけではない。
日本軍が中国人が憎くて戦っていたわけでないことは、たとえば黄河決壊事件を
見ればわかるではないか。この事件では数十万人が犠牲になったようだが、
被災者の救助・救援・救護と決壊の修復を行い、疫病の発生を防いだのは日本軍では
ないか。もし日本軍に民族浄化の意志があったのなら、端から見捨ててる。
日中戦争による犠牲者が3000万人とか中国側の主張はことさら誇大なものだ。
抗日ドラマでは日本軍の銃撃や爆撃で多くの中国人が犠牲になるシーンを毎回見せ
られているから、3000万人が日本軍の弾薬で直接的に殺されたとイメージする。
もちろん戦争だから市民にも直接的に被害は出ているけれど、短期間に数十万人
規模で殺されたなんて与太話にも程がある。
一方で戦争による混乱で流通が滞り、燃料・医薬品の不足が発生したことや、
農作業の遅延や不能で食糧が不足したことによる飢餓や疫病が、多くの中国市民を
苦しめ結果として大きな損害を与えたことは事実だ。
ゆえに日本は反省し詫びて、国交回復後の経済協力という形で中国市民の生活発展に
寄与してきたのだ。

45 名前:Hwabyeongの名無しさん投稿日:
南京虐殺を否定してるのは日本人の極右だけなんだよなww
人類の0.0001%くらいかな?ww

46 名前:COOLな名無しさん投稿日:
>>45
東京裁判ですでに否定されていますがなにか?

47 名前:COOLな名無しさん投稿日:
生きてるうちに本多を国会に呼べないのかね
今やらないと死んじまうぞ

48 名前:COOLな名無しさん投稿日:
松井大将に対する東京裁判判決は
訴因01 東アジア・太平洋等支配を目的とする侵略戦争の全般的共同謀議(1928年~1945年)
訴因27 1931年9月18日及至1945年9月2日の中華民国に対する侵略戦争の遂行(満州事変)
訴因29 1941年12月7日及至1945年9月2日のアメリカ合衆国に対する侵略戦争の遂行
訴因31 1941年12月7日及至1945年9月2日の英連邦諸国に対する侵略戦争の遂行
訴因32 1941年12月7日及至1945年9月2日のオランダに対する侵略戦争の遂行
訴因35 1938年夏のソ連に対する侵略戦争の遂行
訴因36 1939年夏のソ連およびモンゴル人民共和国に対する侵略戦争の遂行
訴因54 1931年9月18日以降における戦争法規慣例違反の命令・授権・許可
これら全てで無罪というw
それだと連合国軍のメンツが立たないので、監督責任とか意味不明の罪で処刑された

49 名前:COOLな名無しさん投稿日:
>>48
広島と長崎に原爆を投下して15万人以上の無抵抗の民間人を大虐殺したアメリカが
勝者として、罪を犯した罪人を上から目線で裁くため(東京裁判)、
勝者として、罪を犯した罪人を上から目線で裁くため(東京裁判)、
それを上回る虐殺を日本がやったという虚構の罪を作る必要があったから
9年前にイギリス人スパイが工作・創作した「事件」を引っ張り上げてきたのが「南京大虐殺」
《東京裁判で復活した「南京虐殺インチキ事件」》 原爆投下に見合う虚構の大罪を作り出す必要があった!!
松井大将は、中国側の主張によるホロコーストに比肩する「南京大虐殺」の責任者として
A級(注 A・B・Cは罪の大小でなく訴因の項目)戦犯で処刑された事になっている。
しかし、東京裁判の松井大将に対する訴因をよくみれば、
「南京大虐殺」がなかった事を東京裁判が証明しているのだ。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
 松井大将は、「通例の戦争犯罪」の訴因五十五項(俘虜及び一般人に対する
条約遵守の責任無視による戦争法規違反)の一つだけが有罪で処刑されたのである。←適当! 監督不行き届き
東京裁判でも4人証人呼んで証言させたが、ぜんぶ伝聞だったから証拠にならなかった
↑さすがに東京裁判の検察側も、ないことをあったことにはできなかった そこまで恥知らずではなかった
  この世でもっとも卑劣なのは朝鮮人とバカ左翼

50 名前:COOLな名無しさん投稿日:
■南京も慰安婦も全て朝日新聞の捏造記事から■
「南京大虐殺」という言葉は1971年
朝日新聞の本多勝一記者の書いた「中国の旅」と言う連載の中で触れられたのが最初です。
再検証 南京で本当は何が起こったのか [単行本] 阿羅 健一 (著) 327ページ: 徳間書店 (2007/10)
↑本多勝一が南京虐殺インチキウソばなしの連載はじめたとき、OBがかなり猛抗議したみたい
 じっさいに日本軍に張り付いて南京でいっしょに生で現場を見てるOBが でも無視  当時の広岡社長?
 だから、ここから、日中友好で、ウソでも創作でも
 いいから中国様の機嫌を取ろうという方針になったんだよ
●「虐殺?全然見たことも聞いたこともありません。夜は皆集まりますが、そんな話は一度も
聞いたことはない。誰もそういうことを言ったこともないし、朝日新聞では話題になったこともありません。
難民区は兵隊や憲兵がいて入れませんでした。 ですから市民は安全でした。一般市民の屍体というのは
一つも見ていません。紅卍字会の人が戦死体をかたづけたりしていました。」
(山本治氏 大阪朝日新聞記者)
●朝日では、現地記者を集め、座談会もやったが、あったなら話がでるはずだ。
報道規制?何も不自由は感じていない。思ったこと、見たことはしゃべれたし、書いていた。」
(橋本登美三郎氏 朝日新聞南京派遣記者団キャップ)
●「私が編集局長の時、南京に特派した記者たちを集めて、一人一人 聞いてみたが、そのようなことは
見たことも聞いたこともない、という返事ばかりだ。何万、何十万なんていう虐殺など、絶対にない。」
(細川隆元氏 朝日新聞編集局長) 

51 名前:COOLな名無しさん投稿日:
↓こいつら、昔からこんなことばかりやって日本を嵌めていったんだよ 新聞記者=スパイ
●「南京虐殺」は中国国民党(イギリスのスパイ)の対外宣伝工作のでっち上げ ~  やつらの謀略に気をつけろ

「南京虐殺」を最初に世界に知らしめたティンパーリーは英国紙マンチェスター・ガーディアンの中国
特派員だった。彼の “ What War Means : the Japanese Terror in China ” は1938年に出版、
戦争裁判での証拠となり、南京虐殺の日本断罪が始まった。
北村氏が発掘した事実は、このティンパーリーの隠された素顔に関するものだ。
じつは彼は公平なジャーナリストなどではなく、蒋介石の国民党の対外宣伝工作に従事していたのである。
ティンパーリーは、抗日国際宣伝が上海で展開された時の 『 抗戦委員会 』 の重要人物のうちの1人
であった。抗戦委員会はティンパーリーに資金提供をし、虐殺の目撃記録として2冊の本を
書かせたことが判明した。公平な第三者の著作のはずが、じつは国民党宣伝部のプロパガンダ工作に
よるものであり、それが元になって南京大虐殺説が生まれてきたのだ。参考:『 南京事件の探究 』
( 文春新書 )立命館大学教授・北村稔
英国紙マンチェスター・ガーディアン ←南京インチキねつ造事件の主犯・スパイ新聞社
↑日本の足を引っ張るためなら手段を択ばないよ、連中…
↑朝鮮人やチャンコロみたいなバカ土人じゃないが、徹底的な「陰謀人種」だよこいつら

52 名前:COOLな名無しさん投稿日:
南京虐殺ってやったのは蒋介石の国民党軍だろ
それをプロパガンダで日本のせいにしているいつものパターン

53 名前:COOLな名無しさん投稿日:
◆外国特派員協会重鎮が反日中韓の詐偽を暴いた  ヘンリー・S・ストークス(著)
戦勝国史観を受け入れる愚
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/c9c226d497d4c90ef29f0489b7aa1b78
長い取材、調査の結果、はっきりと断言できるが、いわゆる「南京大虐殺」などというものは、明らかに中国の
プロバガンダだ。
共同通信のインタビューでも述べたが、南京で大虐殺などなかったのであり、「大虐殺」などという表現を
使って、南京で起こったことを語るべきではないのだ。
散発的にわずかな暴力行為があったのは確かだ。しかし、日本軍が軍命によって組織的に市民、捕虜を虐殺する
などあり得ない。日本軍が南京を占領したことでむしろ治安が回復し、二十万とされた人口が占領一カ月後には
二十五万に増えている。そうした事実を踏まえない議論はまったく意味がない。
「慰安婦問題」も同様だ。どんなに調べてみても、日本軍が強制的に慰安婦を将兵たちの性奴隷にしたという
事実は出てこない。
マッカーサーの「復讐劇」だった東京裁判
日本は覚醒の時を迎えている
「太平洋戦争」を仕掛けたのはアメリカだった

54 名前:COOLな名無しさん投稿日:
■南京虐殺インチキばなし肯定派・低能バカ左翼は有難がるが、ジョンラーベのレポート自体、まったく信用できない
ドイツ人歴史家Gerhard Krebs(ベルリン自由大学)によると、ドイツにとって、当時、中国国民党は最高の
貿易パートナーであった。蒋介石は中国共産党との戦闘で、大量の兵器をドイツから購入し、ナチスドイツは
軍事顧問団まで派遣し、第2次上海事変の原因になった日本人居留地攻撃をけしかけたのもドイツ軍事顧問団の
ファンケルハウゼンである  日本政府は繰り返しドイツに対して、中国に武器を輸出しないよう求めていた。
蒋介石軍が日本の戦争相手だったからだ。
悩んだ末にヒトラー政権は、中国における巨大な軍需産業の利益よりも、安全保障上ソ連を牽制する必要から
日本との関係強化を選び中国の蒋介石政権への武器輸出を控えた。(事実、1940年にはドイツと日本は同盟を
結んだ。)それにひとり強力に反対する人物がジョンラーベだったのだ。
親中派の軍需産業ジーメンスの利益代表であるラーベらは激しく本国の動きに反発した。
したがってラーベは大げさに日本軍のありもしない蛮行を宣伝し、ヒットラーに本国ドイツと日本との関係を
考え直して欲しいあまりに、そのような反日的なレポートを書いていたと、ドイツ人歴史家Gerhard Krebsは言う。
南京戦時、ナチスドイツは同盟国でも、中立国でもなく、ラーベは日本と実質的に戦闘を行った中国国民党軍の
独逸軍事顧問団側の人間で、しかも、中国国民党軍を大得意客とする武器商人のシーメンス社の社員であり、
南京ではナチス党員であることを公言していたことを考慮すると、ラーべの証言は客観性にかける
偽証である可能性が高い

55 名前:COOLな名無しさん投稿日:
アメリカ管轄の難民区に元中国軍大佐 彼は南京で自らの行為を日本軍の悪行と宣伝する。
EX-CHINESE OFFICERS AMONG U.S. REFUGEES Colonel and His Aides Admit Blaming the Japanese for
Crimes in Nanking New York Times January 4, 1938 Wireless to the New York Times. SHANGHAI, Jan. 3.
NYT 1月4日 1938年ニューヨークタイムズ 上海発電文(1月3日)によると、中国に残っている
アメリカ人教授らが、南京市Ginling大学にある『外国人による難民保護区』で、逃走中の中国人大佐とその6人
の部下を見つけるという事件が起きた。実際この大佐はかなりの権力者でもあり、これら幹部軍人らは
南京戦から逃走中に、制服を脱ぎ捨てているなど、そのような状態で大学の建物内で発見された。
彼らは日本軍が探していた人物と一致し、しかも6丁のライフルとリボルバー式の拳銃、及び分解された
(もしくは台座から取り外された)マシンガンと弾薬をも建物内に隠し持っていた。
彼らは南京市内で、強奪をしかつ少女達を暗闇に連れ込むなどし、それを翌日に日本軍がやったと
吹きまくったことを白状した。彼らは逮捕され、後に法に基づき罰を受け、多分処刑されるだろう。
↑朝日関係者、バカマスゴミ、バカ左翼、糞舐め朝鮮人こそが現代の日本での便衣兵なんだよ  掃討作戦が必要だ!
こんな卑劣な連中に悠長に「裁判」なんかやってられるかアホ やられちまうだろ
その場で射殺でOK


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